
大腸がん
大腸がん
大腸がんは日本で年間約15万人が新しく診断され、がん罹患数で第1位です。これがどれくらい多いかというと、10人に1人は生きているうちに1度は大腸がんができる計算になります。また大腸がんは死亡数も多く、年間5万人を超え、女性のがん死亡数で1位、男性で2位と上位を占めています。年齢としては30歳台後半から増え始め、年齢と共にリスクが増加するため、一般的には40歳以上では定期的な大腸カメラによる大腸がん予防が推奨されます。
1位 | 2位 | 3位 | 4位 | 5位 | |
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総数 | 大腸 | 肺 | 胃 | 乳房 | 前立腺 |
男性 | 前立腺 | 大腸 | 胃 | 肺 | 肝臓 |
女性 | 乳房 | 大腸 | 肺 | 胃 | 子宮 |
1位 | 2位 | 3位 | 4位 | 5位 | |
---|---|---|---|---|---|
総数 | 肺 | 大腸 | 胃 | 膵臓 | 肝臓 |
男性 | 肺 | 大腸 | 胃 | 膵臓 | 肝臓 |
女性 | 大腸 | 肺 | 膵臓 | 乳房 | 胃 |
大腸がんは主に4つの発生経路があります。
大腸がんの発生経路として最も多いのがadenoma-carcinoma sequence(腺腫-癌連関)と呼ばれるものです。これは、大腸ポリープの一種である「腺腫」という良性のポリープができた後、次第に大きくなり、一部〜全体が「がん化」していく、というものです。
大腸ポリープ(腺腫)は大きくなるほどがん化率は高くなり、腺腫の癌化率は5mm以下で1.8%、5~10mmで9.1%、10~20mmで32.9%、20mm以上で67.8%と報告されています。一方で、腺腫の段階で大腸ポリープを切除することによって、なんと大腸がんの70〜80%は予防可能であることも分かっています。
大腸ポリープ(腺腫)が次第に「がん化」していくadenoma-carcinoma sequenceとは対照的に、正常粘膜に突然「がん」ができて、次第に大きくなるのがde novo癌です。
この経路から発生する大腸がんの初期の内視鏡像は、ポリープとは異なり、平坦でわずかな赤みや凹凸不整といった粘膜面の変化を示すのみで、経験豊富な内視鏡医でなければ発見は困難です。当院では色素内視鏡や画像強調内視鏡、拡大内視鏡の技術を駆使し、de novo癌の発見率の向上にも力を入れております。
近年、第3の発がん経路として注目されているのが「serrated pathway」です。腺腫以外に遭遇頻度が高いのは「過形成性ポリープ(または化生性ポリープ)」を含む大腸鋸歯(きょし)状病変です。従来これらは「がん化」する危険性のないものと考えられていましたが、近年、一部に「がん化」するポテンシャルを持った亜型があることが分かってきました。「がん化」するポテンシャルのある亜型病変はSSA/P (sessile serrated adenoma/polyp)という名称で知られるようになり、その後さらに研究が進み2019年にSSL (sessile serrated lesion)と名称変更されました。
鋸歯状病変からの「がん化」には腺腫が「がん化」する際とは異なる遺伝子変異が関与することが解明されており、これをserrated pathwayと呼びます。比較的歴史が浅い病変のため、診断基準やどこまで治療対象とするか?ということについてはまだ議論の余地が残りますが、概ね10mm以上の病変もしくは異形を伴う(「がん」になりかけ、もしくは一部「がん化」した)病変を積極的な治療対象としている施設が多いです。
私はがん研有明病院勤務時に、鋸歯状病変のがん化に関する臨床研究に携わっており、内視鏡で見た際にどのような鋸歯状病変が「がん化」リスクが高いのか?という検討結果について論文化報告も行っており、その診断については自負しております。
これは上述の3つとは全く異なり、慢性的な炎症に伴う発がん経路です。潰瘍性大腸炎と呼ばれる炎症性腸疾患が寛解状態に至らず、炎症が長期化することによって遺伝子変異が生じます。潰瘍性大腸炎の罹患年数が長くなるにつれて「がん化」リスクが高くなり、10年で1.6%、20年で8.3%、30年で18.4%程度と言われています。
早期の大腸がんや、大腸ポリープには基本的に症状はありません。早期発見・早期治療には、症状が出る前から定期的な大腸カメラを受けることが重要です。大腸がんが進行すると、便秘や下痢、血便、食欲低下、体重減少などの症状が出てくる場合がありますが、大腸がんができる部位によって、出やすい症状が異なります。ここでは、右側結腸(盲腸から横行結腸)と左側結腸(下行結腸からS状結腸)および直腸に分けて、それぞれの特徴や症状を詳しく説明します。
右側結腸は大腸の始まり部分で、盲腸、上行結腸、横行結腸までを指します。この部分は主に水分を吸収する役割を果たしており、消化物がまだ液状に近い状態です。そのため、この部位にがんが発生しても、腫瘍が大きくなり腸が狭窄するまで目立った腹痛や腹部膨満感は起きにくいです。また、固形便がないため、腫瘍が便と擦れることも少なく、血液が便に混ざりにくいため、便潜血陰性となる大腸がんが多いのも特徴的です。右側結腸がんの発見のきっかけとなる症状として多いのは、貧血です。大腸がんから慢性的な出血が続くことにより鉄欠乏性貧血を引き起こし、健診で貧血を指摘されたり、貧血に伴う倦怠感や疲労感として症状が現れることがあります。また、腫瘍が大きくなると、身体の外から直接触れるようになる場合もありますし、腹水の貯留に伴う圧迫感で受診されるケースもあります。
左側結腸は下行結腸とS状結腸を指し、便が固形化される部分です。大腸がんの約70%はS状結腸から直腸にできるとされており、初期症状がほとんど現れない右側結腸がんと比較すると、左側結腸がん及び直腸がんでは排便時の違和感や便通異常などの症状が出る確率が高く、症状に気づきやすい傾向があります。左側結腸がん及び直腸がんで現れやすい主な症状は以下の通りです。
大腸がんの診断には、さまざまな検査方法が用いられます。これらの方法を組み合わせることで、正確な診断と適切な治療計画を立てることが可能です。以下は、大腸がんの診断に用いられる主な検査方法です。
大腸内視鏡検査(大腸カメラ) |
大腸がんの診断には、さまざまな検査方法が用いられますが、その中でも大腸内視鏡検査(大腸カメラ)は、診断の「ゴールドスタンダード」とされ、最も重要な検査です。大腸内視鏡検査は、直接的に大腸の内部を直接観察し、早期病変から進行がんまで幅広い病変を発見できるだけではなく、検査中に病変の一部を採取(生検)し、病理組織学的診断を同時に行うことによって、確定診断をつけることができる唯一の検査方法です。 |
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CT検査 |
大腸カメラ検査で、転移の可能性のある大腸がんが発見された場合に、がんの広がり(ステージング)や他臓器への転移の有無を評価するために行われます。 転移の有無の確認 リンパ節や他の臓器(主に肝臓や肺など)への転移があるかどうかを調べます。進行がんの場合、転移の有無が治療方針を決定する重要な要素となります。転移がない場合(ステージIIまでの大腸がん)は、手術のみで治療が完結することが多いです。一方で、転移がある場合(ステージIIIの大腸がん)は、手術で目に見えるがんを取り除いた後も、見えない微小ながん細胞が体内に残っている可能性があるため、抗がん剤治療(術後補助化学療法)が必要となることが一般的です。 がんの広がりの確認 がんが大腸の壁内にとどまっているのか、それとも腸壁を超えて他の臓器に浸潤(がんが直接侵入)しているのかを評価します。例えば、大腸がんが膀胱や子宮など近くの臓器に広がっている場合、複数の臓器を同時に切除する複雑な手術が必要となる場合もあり、がんの全体像を把握し、適切な手術計画を立てる際に重要な情報を得ることができます。 |
MRI検査 | MRI検査はCT検査と比較して、周囲臓器との関係性をより細かく評価することが可能です。特に手術をする場合に「肛門を温存できるかどうか?」が非常に重要となる、下部直腸がんの評価において用いられる場合が多いです。 |
PET-CT検査 | 通常のCT検査と組み合わせて用いることによって、術前のがんの広がり(ステージング)や他臓器への転移の有無を評価するために補助的に行われます。また術後の転移・再発があるかを評価する際にも用いられる場合があります。 |
大腸がんの診断後、がんの進行度(ステージ)を評価することは、最適な治療法を決定するうえで重要です。大腸がんのステージは、腫瘍の深さ(T)、リンパ節転移の有無(N)、遠隔転移の有無(M)の3つの要素に基づいて評価が行われ、治療方針を決定します(※日本国内では、大腸癌取扱い規約を基にした診断が主流ですが、海外との症例比較や国際的な臨床試験ではTNM分類が使用されます。以下は大腸癌取扱い規約を基に簡略化した記載です)。
T(Tumor) |
腫瘍の深さ
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N(Nodes) |
リンパ節転移の有無
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M(Metastasis) |
遠隔転移の有無
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ステージ0 |
Tis, N0, M0 がんが大腸の粘膜内にとどまっている初期の状態。「粘膜内がん」や「上皮内がん」とも呼ばれます。内視鏡治療で取り残しなく切除することによって、根治が見込まれるごく初期のがんで、切除後の転移や再発のリスクもほとんどありません。 現れやすい症状 自覚症状はほとんどありません。ステージ0では、出血がほとんどない場合も多いため、便潜血検査の陽性率は47.1%~57.1%にとどまることが報告されています。このため、便潜血検査が陰性でも完全に安心することはできません。やはり、早期発見・早期治療のためには定期的な大腸カメラ検査を受けておくことが何より重要です。 |
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ステージI |
T1~T2, N0, M0 がんが大腸の粘膜下層にまで浸潤している状態。リンパ節や他臓器への眼に見える転移はない。 現れやすい症状 この段階でも自覚症状はほとんどありません。便に血液が混じる場合もありますが、肉眼で確認できないことも多いです。腫瘍の大きさによっては軽度の便秘や下痢などの排便習慣の変化を伴う場合もあります。 |
ステージII |
T3~T4, N0, M0 がんが筋層(腸壁の中間層)より深くまで進行している状態。リンパ節や他臓器への眼に見える転移はない。 現れやすい症状 この段階まで進むと、眼に見える血便が見られることが増えます。また排便時の不快感や便が細くなるなどの形状の変化、便秘や下痢などの排便習慣の変化なども見られることが増えます。 |
ステージIII |
T1~T4, N1~N3, M0 リンパ節への転移があるが、他臓器への転移はない状態。 現れやすい症状 ステージIIとの違いはリンパ節への転移があるかどうか?だけですので、症状の違いはほとんどありません。眼に見える血便や排便時の不快感、便が細くなるなどの形状の変化、便秘や下痢などの排便習慣の変化などが見られ安くなります。 |
ステージIV |
T1~T4, N0~N3, M1 がんが肝臓や肺などの他臓器に遠隔転移している状態です。腹水の貯留などが見られる場合もあります。 現れやすい症状 大腸由来の症状に加え、体重減少や食欲不振、貧血や倦怠感などの全身症状が現れる場合があります。また、腹水の貯留により腹部の膨満感が目立つこともあります。 |
大腸がんの治療法は、がんの進行度合いに応じて選択されます。以下は主な治療方法です。
大腸がんがごく早期のもの(ステージ0〜ステージⅠの一部)と診断された場合には、まずは内視鏡的治療が行われます。大腸カメラを通して特殊な内視鏡器具を挿入し、病変部分を一括切除します。病変の大きさや形状によって治療法はさらにスネアポリペクトミー、内視鏡的粘膜切除術(EMR)、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)のいずれかが選択されます。
スネアポリペクトミーは、大腸ポリープに「スネア」と呼ばれる金属の輪っかをかけて病変を絞めあげ、電気を流して大腸ポリープを焼き切る方法です。EMRは、細い針を使ってポリープの下の粘膜下層に特別な液体(例:生理食塩水やグリセリン液)を注入し、病変部を膨らませてからスネア(金属の輪っか)で絞めあげ、電気を流して切除します。ESDは、EMRと同様に粘膜下層に特殊な液体(例:生理食塩水やヒアルロン酸)を注入し、安全域を確保した上で、特殊な電気メスを使用して、病変のある部分を薄く剥ぎ取ってくるような治療法で、より大きな病変に対して行われます。ポリペクトミーやEMRは外来治療として行われる場合もありますが、ESDは偶発症のリスクが高く、専門施設で入院して行われることがほとんどです。
一部の早期がん(ステージⅠの一部)と、進行した大腸がん(ステージⅡ〜)に対しては、原則として大腸の一部を切り取る外科的な手術が行われます。術前または術中の所見によっては、周囲のリンパ節郭清を同時に行います。かつてはお腹を大きく切る開腹手術が主流でしたが、近年では体の表面の創が小さくて済む、腹腔鏡手術やロボット支援下手術が主流になりつつあります。肛門近くにできた直腸がんに対しては、人工肛門の造設が必要になる場合もあります。
大腸がんのステージによっては、手術後の再発を抑制する目的で行われる補助的な化学療法(抗がん剤治療)が行われる場合があります。これにより手術を単独で行った場合よりも長期的な治療成績が向上することが示されています。また、何らかの理由で手術を行うことができない場合には、化学療法のみを行うこともあります。
大腸がんの中でも特に直腸がんに対して行われることが多い治療法です。手術前に放射線治療と抗がん剤治療を組み合わせて行うことにより、がんの再発率の減少や、肛門温存率の向上が期待できます。近年では、病理組織学的にもがん細胞が完全に消失する例も30%程度あるとの報告もあります。
私が勤務していたがん研有明病院は特に肛門温存に力を入れており、術前の化学放射線療法後に肉眼レベルで直腸がんの消失が見られた症例に対しては、早急な手術を行わずに慎重に経過観察をする「Watch and Wait療法」を行っており、私自身も在籍時からこの新しい治療法の研究に携わっています。人工肛門の造設を回避することは、生活の質の改善につながり、非常に有用性の高い治療と考えられます。
ごく早期の大腸がんであれば当院で内視鏡治療を行うことも可能ですが、残念ながら進行してしまった大腸がん・直腸がんが発見された場合には、速やかに提携している経験豊富な専門の医療機関へご紹介させていただきます。
1日平均1合以上の飲酒習慣がある人は大腸ポリープや大腸がんのリスクが約1.4倍、2合以上の飲酒だとリスクは約2.1倍にもなると報告されています。日本酒1合のアルコールはビールや缶酎ハイ500ml、ワイン1/4本程度に相当します。また週2日は休肝日を設けるようにしましょう。
食物繊維の摂取量が極端に少ない場合、大腸ポリープや大腸がんの発生リスクが上昇すると言われています。ただし過度な食物繊維の摂取は反対に大腸ポリープの発生リスクになるとの見解もありますので、適度な摂取を心がけましょう。
大腸がんの治療成績は、がんが発見される段階や治療が開始されるタイミングに大きく依存します。がんの治療成績は一般的に5年生存率(病気を診断されてから5年後の生存率)で評価しますが、大腸がんが早期発見され、内視鏡治療により治癒切除できた場合、5年生存率は94.2%、他の病気による死因を除いた疾患特異的生存率は100%だったとの報告があります。一方で、肝臓や肺などに遠隔転移を起こした状態(ステージⅣ)まで進行すると5年生存率は30%台まで低下します。
一般的に大腸がんの発見方法としてX線検査(レントゲン検査)やエコー検査は向いていません。大腸がん早期発見のためには大腸カメラ検査が最も優れていて、代替方法としては大腸CT(CTコロノグラフィー)が挙げられます。
大腸がんがあっても必ず便潜血検査で引っかかるわけではありません。国立がん研究センターのデータによると、便潜血検査陽性率は内視鏡で処置できる段階だと26.2〜57.1%(10mm以上の腺腫や、異型度の高い腺腫、粘膜内癌も含むAdvanced Neoplasia:26.2〜35.7%、粘膜内がん:47.1〜57.1%)に留まります。
進行がんになり手術が必要な段階まで病状が進行すると、高い確率で検出できますが、便潜血陰性だからといって安心はできないため、40歳以上になったら定期的な大腸カメラをお勧めしています。
大腸がんの約30%は、遺伝的要素が関与していると考えられています。血縁者に大腸がんや大腸ポリープを患った経験のある方がいる場合は、定期的に大腸カメラを受けた方がよいでしょう。
大腸がんを予防するためにご自身ができることとしては、まずは体重管理です。肥満は「大腸がん」のみならず万病の元ですが、BMIが1増えるごとに「大腸がん」のリスクは7〜13%も増加することが報告されており、アジア人の場合はBMI 23程度から大腸がんのリスクが上昇することも報告されています。特にBMI25を超える肥満がある方は、食事運動習慣を見直し、減量しましょう。
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