ピロリ菌・慢性胃炎
ピロリ菌・慢性胃炎
ピロリ菌(正式名称:ヘリコバクター・ピロリ菌)は、胃炎、胃潰瘍さらには胃がんの原因となる細菌です。かつては、胃の中は胃酸によって強酸性状態であるため、微生物が住みつくことはできないと考えられていました。
しかし、ピロリ菌は「ウレアーゼ」という自身の持つ酵素の力を利用し、胃の中の尿素を分解し、アンモニアを生成します。このアンモニアによって周囲の環境を中和させ、ピロリ菌が住みやすい環境を自ら作り出すことで、強酸性の環境下で住むことを可能にしています。
現在、ピロリ菌の感染経路は主に家族内感染です。多くは0〜3歳まで、遅くとも5歳くらいまでの小さな子供たちが、ピロリ菌を保有している親や祖父母などの近しい大人から感染します。かつては井戸水を介した感染経路が主流で、〜1950年代に生まれた方々は約2〜3人に1人の割合でピロリ菌に感染していました。
しかし、上下水道の整備などの環境改善が進んだことに加え、2013年からピロリ菌感染に伴う慢性胃炎に対する除菌治療が保険適用となったことより、積極的な除菌治療がなされるようになりました。これをきっかけに急速にピロリ菌の感染率は低下し、2000年代以降に生まれた方々のピロリ菌感染率は5%以下にまで低下していると推測されます。
ピロリ菌は一度感染すると、除菌治療が行われるまで持続感染を起こします。この間、慢性胃炎が徐々に進行するため、年齢とともに慢性胃炎の症状が現れやすくなります。中には全く無症状の方もいますが、一般的な慢性胃炎の症状としては、胃もたれ、消化不良、胃痛、腹部の不快感などが挙げられます。
さらに、ピロリ菌感染は胃潰瘍や十二指腸潰瘍の原因菌でもあります。空腹時や食後の痛みをきっかけに胃カメラ検査を受け、ピロリ菌感染が発覚する場合も少なくありません。胃腸が弱い方や、不調を感じる場合はもちろんのこと、家族にピロリ菌感染者がいる方、胃がんや胃潰瘍などの病歴を持った方がいる方などは、一度専門医を受診し、ピロリ菌検査を受けることが重要です。
ピロリ菌感染は胃がんの最大のリスク要因であり、一般的な胃がんの約99%はピロリ菌に関連しています。世界における胃がん患者のなんと約75%は日本や韓国を含む東アジア諸国に集中しており、これはこれらの地域におけるピロリ菌感染率の高さに起因しています。
特に、東アジア型のピロリ菌は欧米型のピロリ菌と比較して発がん性が強いことが知られており、胃がんリスクを低減させるためには、早期の除菌治療を受けることが非常に重要です。
さらに、ピロリ菌の除菌治療を終えた後でも、胃がんのリスクは完全には消えません。過去に一度でも感染したことがある場合、ピロリ菌感染に伴う萎縮性胃炎の存在により、生涯にわたって胃がん発がんのリスクが残ります。
ピロリ菌感染が引き起こす萎縮性胃炎は、胃の出口(十二指腸側)から始まり胃の入り口(食道側)へと進行します。萎縮性胃炎が広範囲に及ぶほど、胃がんのリスクは増加します。軽度の萎縮性胃炎であっても胃がんのリスクは未感染者の7〜9倍、中等度胃炎では14〜18倍、高度胃炎では61〜70倍にも跳ね上がります。除菌治療によって萎縮性胃炎の進行は止まり、胃がんの発症リスクは3分の1程度まで抑えることができますが、一度萎縮してしまった粘膜は、感染前の健康な状態には戻りません。
これは火事に例えると分かりやすいと思いますが、火がついてもすぐに消火すれば被害は最小限で済みますが、火事が長期化して焼け野原のようになってから水をかけても、元の状態には戻らないのと一緒です。萎縮性胃炎の変化が少ない若いうちにピロリ菌検査、除菌治療を受けることが、将来の胃がんリスクを減少させるためには重要なのです。
ピロリ菌の感染状況を調べるには様々な方法があり、それぞれの検査の特性を理解した上で検査方法を選択する必要があります。
検査方法 | 特徴 |
---|---|
迅速ウレアーゼ試験 | 内視鏡で胃粘膜の一部を採取し、尿素入りの検査薬に入れます。ピロリ菌がいる場合、ピロリ菌のもつウレアーゼ酵素の働きによりアンモニアが生成され、検査薬が反応します。 |
鏡検法 | 内視鏡で胃粘膜の一部を採取し、顕微鏡で直接ピロリ菌の有無を観察します。 |
培養法 | 内視鏡で胃粘膜の一部を採取し、ピロリ菌を培養します。薬剤への感受性を同時に調べることができます。 |
核酸増幅検査 | 内視鏡で回収した胃液からピロリ菌のDNAを調べる検査です。薬剤耐性の有無も同時に調べることができ、除菌薬の選択に有効な新しい検査方法です。 |
抗体検査 | 血液、または尿中のピロリ菌に対する抗体の有無を調べます。今まで一度でもピロリ菌に感染したことがあるかどうかが分かります。除菌後の確認には不向きな検査です。 |
尿素呼気試験 | ピロリ菌のもつウレアーゼ酵素の力を利用した検査方法です。現在ピロリ菌に感染しているかどうかを調べる上では最も信頼性のある検査方法で、除菌後の判定には主に尿素呼気試験が用いられます。一方で内服中の薬剤の影響などを受ける場合があり、注意が必要です。 |
便中抗原検査 | 便中に排泄されるピロリ菌の抗原を検出する方法です。便を採取する手間はありますが、信頼性の高い検査方法です。 |
ピロリ菌に感染していることが分かったら、除菌治療を行うことが推奨されます。一般的に「3剤併用療法」と呼ばれる方法が用いられ、胃酸分泌を抑制する薬1種類と抗生物質2種類の計3種類の薬剤を使用し、これらを1週間内服します。
一次除菌の成功率は約80〜90%程度で、もし初回での除菌が失敗した場合は、一部の薬剤を変更し、二次除菌を行います。二次除菌の成功率は約98%と高いですが、保険適用が認められているのは二次除菌までで、残念ながら二次除菌が失敗してしまった場合は、年に一度の胃カメラ検査による経過観察を続けるか、自費での三次除菌や四次除菌を検討することとなります。また、ペニシリンアレルギーなどの薬剤アレルギーをお持ちの場合も、保険適用の治療法がありません。
一次除菌(保険適用) – 除菌成功率80〜90%
除菌効果判定(尿素呼気試験)
除菌成功の場合
治療終了、1年に1回の胃カメラ検査
除菌失敗の場合
二次除菌へ
二次除菌(保険適用) – 除菌成功率98%
除菌成功の場合
治療終了、1年に1回の胃カメラ検査
除菌失敗の場合
三次除菌(保険適用外)
三次除菌(保険適用外)
ピロリ菌の感染経路は主に家族内感染です。大人から乳幼児への感染が一般的で、大人同士での感染は極めて稀です。ピロリ菌除菌を行うことは自分の子供を含めた次世代への感染を防ぐためにも重要です。
除菌治療中に特定の食べ物を避ける必要はありませんが、禁煙は必須です。喫煙は除菌治療の成功率を著しく低下させるため、治療期間中は絶対に禁煙してください。もし初回の除菌が失敗し二次除菌を行う場合は、禁酒も必要です。アルコールと除菌薬との相性が悪く、腹痛や吐き気、頭痛などが起こりやすくなります。
ピロリ菌感染に特に注意すべき日常的な事項はありませんが、感染が確認された場合は速やかに除菌治療を受けること、そして年に1回の胃カメラによる定期検査を受けることが最も重要です。
胃カメラで胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍などが確認された場合や、胃がんの内視鏡治療後には保険が適用されます。ただし、胃カメラ検査を受けずにピロリ菌検査のみを希望する場合は、保険が適用されず自費での検査となります。
胃カメラで胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍などが確認された場合や、胃がんの内視鏡治療後に、ピロリ菌の検査を受け、陽性が確定した場合は、引き続いて行われる除菌治療に対しても保険が適用されます。
ただし保険適用が認められているのは二次除菌までで、残念ながら二次除菌が失敗してしまった場合で、三次除菌や四次除菌を希望される場合は自費での治療となります。また、ペニシリンアレルギーなどの薬剤アレルギーをお持ちの場合も、保険適用の治療法がありません。
慢性胃炎とは、胃の細胞組織レベルで見られる長期化した炎症のことを指します。慢性的な炎症が続くと、細胞が遺伝子レベルでの損傷を受け、不安定になることによって、胃がんのリスクが高まります。
慢性胃炎にはいくつかのタイプがありますが、中でも、特に「萎縮性胃炎」「化生性胃炎」「鳥肌胃炎」というピロリ菌感染に関連した胃炎は、胃がんとの関連性が強く、注意が必要です。
慢性胃炎の原因は多岐にわたりますが、主に胃がんと関連するのは、ピロリ菌感染に伴う慢性胃炎と、自己免疫性胃炎です。
慢性胃炎の原因として最も重要なのがピロリ菌感染です。ピロリ菌の除菌により炎症の進行を防ぎ、将来的な胃がんのリスクの低下が期待できます。
自己免疫性胃炎は免疫系の異常により、体が誤って自身の胃壁細胞を攻撃してしまうことによって起こる胃炎です。この結果、胃の萎縮が起こり、胃がんや神経内分泌腫瘍(通称:胃カルチノイド)といった病気のリスクとなります。他の自己免疫疾患との合併も多く、自己免疫性胃炎と診断された場合には、甲状腺などの病気が隠れていないか併せてチェックを行うことも重要です。
ストレス性の胃炎はピロリ菌感染や自己免疫性胃炎と異なり、一過性の炎症であり、胃がんの直接的なリスクとはなりません。ストレスがかかると胃酸の分泌が促進されると同時に、胃の本来持っている防御能力が弱まります。
これにより、胃の攻撃因子と防御能力のバランスが崩れ、胃粘膜がダメージを負います。さらに悪化すると、ストレス性の胃潰瘍などに発展することもあります。過度なストレスをさけ、十分な休養を取ることが重要ですが、胃痛やその他の消化器症状が長引く場合は、一度消化器内科を受診し、専門医の診察を受けましょう。
慢性的な炎症の持続は、胃がんのリスクを高めます。ピロリ菌感染が原因の慢性胃炎の場合は、除菌治療を行います。自己免疫性胃炎に対する治療法は確立されていないため、年に1回の定期的な胃カメラ検査を受け、病気の早期発見に努めることが重要です。
慢性胃炎そのものを治癒させる薬はありませんが、慢性胃炎に伴う胃もたれや消化不良などの症状がある場合は、これらの症状を緩和するために内服薬を処方します。
慢性胃炎の中には様々な胃炎が含まれますが、その中のひとつが萎縮性胃炎です。萎縮性胃炎の原因はピロリ菌感染または自己免疫性胃炎で、それぞれに萎縮のパターンが異なりますので胃カメラ検査で診断が可能です。
慢性胃炎を理由にお酒を完全にやめる必要はありませんが、過度な飲酒は控えましょう。飲酒は1日1合までを目安とし、週に2日は休肝日を設けることが推奨されます。
慢性胃炎であっても、症状がない場合、普通の食事内容で問題ありません。食習慣によって慢性胃炎が進行するということもありません。胃もたれ症状や消化不良、胃痛などの症状を伴う場合は、胃に負担のかかる高脂肪食などは避けるのが良いでしょう。
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