胃がん
胃がん

胃がんは、慢性的な胃の炎症や加齢などに伴うダメージが蓄積することで発生するがんです。胃がんのほとんどは胃の内側を覆う粘膜から発生し、進行するにつれて粘膜下層、固有筋層、漿膜へと広がっていきます。胃がんは日本のがん死亡数の第3位を占める重要な疾患ですが、ごく早期の「粘膜内がん」の段階で発見できれば、99%以上の根治率が期待できると報告されています。
胃がんの早期発見には、胃内視鏡検査(胃カメラ)が最も有効です。韓国で行われた約25万人を対象とする大規模調査では、5年間で少なくとも1度は胃カメラ検診を受けた人は、一度も受けなかった人に比べて胃がん死亡率が47%減少していました。一方、日本で長年推奨されてきた胃バリウム検査は、胃がん死亡率を2%程度しか減少させていなかったとされ、胃カメラによる検査と比べると効果に大きな差があることが示されています。
日本でも2015年以降、厚生労働省が胃カメラ検査を対策型検診(市区町村が行う住民検診など、集団全体の死亡率減少を目的として実施される検診)として推奨するようになり、各自治体で徐々に導入が進んでいます。しかし、依然として胃カメラ検査の普及は十分とは言えず、「症状がないから」と検査を先延ばしにしてしまう方も少なくありません。
胃がんは、
という特徴があります。定期的な胃カメラ検査を受け、胃がんの早期発見・早期治療に努めることが、ご自身の命を守るうえでとても重要です。
胃がんの発生には、複数の要因が関わります。代表的なものは以下の通りです。
胃粘膜に長期間ピロリ菌が感染すると、慢性胃炎から萎縮性胃炎へ進み、その一部が胃がんへと進展すると考えられています。胃がん患者の多くでピロリ菌感染歴が認められ、ピロリ菌の除菌により胃がん発生リスクが下がることが報告されています。
ピロリ菌について近親者に胃がんの方がいる場合、そうでない方に比べて胃がんを発症するリスクがやや高いことがわかっています。ただし、日本では「遺伝性びまん性胃がん」などの遺伝性の胃がん自体はまれで、多くの場合は、家族内でのピロリ菌感染の共有、食生活などの共通の生活習慣といった環境要因がリスク上昇に関わっていると考えられています。ご家族に胃がんの方がいる場合は、ご本人もピロリ菌に感染していないか一度検査を受けること、必要に応じて胃カメラ検査で胃の状態を確認しておくことが大切です。
塩分の多い食事、加工肉・燻製・漬物の多量摂取、喫煙、多量飲酒などは胃がんのリスクを高めるとされています。
罹患率は50歳代頃から増加し、高齢になるほど高くなります。男性にやや多い傾向があります。
過去に胃がんの治療歴がある場合、「残った胃」に新たながんが発生することがあります(異時性多発胃がん)。また、重度の萎縮性胃炎や腸上皮化生は、胃がんを発症しやすい高リスク状態とされています。さらに、早期胃がんに対して内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)でいったんがんを取りきれた場合でも、時間をおいて別の場所に新たながん(異時性多発胃がん)が発生することが知られています。当院院長は、ESD後の異時性多発胃がんの発生頻度を検討した論文※を報告しており、「一度治療したら終わり」ではなく、定期的な胃カメラ検査によるフォローアップが重要であることがわかります。(※Ishioka M, Yoshio T, Miyamoto Y, et al. Incidence of metachronous cancer after endoscopic submucosal dissection: a comparison between undifferentiated-type and differentiated-type early gastric cancer. Gastrointest Endosc. 2021;93:557-564.e1.)
これらの危険因子があるからといって必ず胃がんになるわけではありませんが、リスクが高くなるため、症状がなくても定期的な胃カメラ検査やピロリ菌検査を検討することが大切です。
早期の胃がんは、ほとんどが無症状です。定期健診や人間ドックで行った胃カメラ検査で偶然見つかるケースが多く、「症状がないから大丈夫」とは言い切れません。
一方で、次のような軽い症状でも、長く続く場合は一度医療機関での相談・受診をおすすめします。
これらは胃炎や逆流性食道炎、機能性ディスペプシアでもよくみられるため、症状だけで「胃がんかどうか」を判断することはできません。だからこそ、症状の有無にかかわらず、定期的な胃カメラによるチェックが重要です。
胃がんが進行してくると、次のような症状が目立ってきます。
さらに、腹膜播種や肝転移・リンパ節転移を伴うような進行胃がんでは、
より全身状態に関わる症状が出ることもあります。
院長が一般向けに解説したネット記事でも紹介しているように、胃がんは「一定のスピードで進む」のではなく、初期は比較的ゆっくりでも、進行してくると一気に早くなる性質があります。
つまり、「初期は年単位、進むと月単位で悪化する」のが胃がんの特徴です。「今は症状がないから」「忙しいから」と内視鏡検査を先延ばしにしている間に、年単位で静かに進んでいた胃がんが、ある時期から月単位で一気に進行してしまうこともあります。
胃がんと似た症状を示す疾患は数多くあります。代表的なものを挙げます。
症状だけでは区別がつかない場合もあり、「胃がんかどうか」を判断するには胃カメラなどの精密検査が必要です。
胃カメラで見た際に、胃がんと似た所見を示す疾患も多く、内視鏡専門医でも肉眼だけでは判断がつきにくい場合があります。以下の病変は特に胃がんとの鑑別が重要です。
胃カメラでの見た目が胃がんにそっくりな病変も多くありますが、鑑別を誤るとその後の治療方針が大きく変わるため、内視鏡専門医の正確な診断が重要です。
「胃痛」「胸やけ」「食欲不振」「黒色便」などの症状、あるいは健診での異常(バリウム検査の要精査、ピロリ菌検査陽性、貧血精査など)をきっかけとして受診される方が多いです。
胃がんの確定診断には、胃内視鏡検査(胃カメラ検査)が最も重要です。先端にカメラが付いた細いスコープを口から挿入し、胃粘膜を直接観察します。怪しい部分があれば、その場で生検(組織検査)を行い、胃がんかどうかの確定診断を行います。
※胃カメラ検査そのものの詳しい説明は、当院の「胃カメラ検査」のページでも解説しています(検査時間・費用・鎮静の種類など)。ここでは、検査の流れを簡潔にご紹介します。
1
検査前の食事・お薬の注意点
検査前日の夕食は消化の良いものにし、夜21時までに済ませてください。それ以降は絶食です。水・お茶は、検査1時間前まで摂取可能です。
常用薬やサプリメントなどは、原則として起床時(検査の2時間前まで)に内服してください。※糖尿病の薬は飲まないようにしてください。インスリン注射をしている方は、主治医の指示に従ってください。
2
検査当日:受付・事前問診・同意書の確認
3
鎮静剤の使用について
当院では、基本的に鎮静下で胃カメラ検査を行なっています。看護師が血管確保し、静脈注射で眠っている間に検査を受けていただく方法です。「嘔吐反射がつらい」「検査が怖い」という方でも安心です。鎮静剤を使用した場合は、当日の車・バイク・自転車の運転はできません。
4
胃カメラの挿入
鎮静剤(麻酔)を投与すると1分程度で眠たくなります。鎮静剤が効いていることを確認し、胃カメラを挿入し検査を行います。検査時間は5〜10分程度です。
5
観察と生検(組織検査)
胃カメラ挿入後は、食道・胃・十二指腸をゆっくり観察し、色調の変化や隆起・陥凹など、がんを疑う所見がないか、丁寧にチェックします。胃がんや前がん病変が疑われる部分があれば、鉗子でごく小さく粘膜をつまみ取って生検を行います。生検による痛みはほとんどなく、出血も多くの場合、自然に止まります。
6
検査終了後の安静・説明
検査が終わった後は、リカバリールームでお休みいただきます。その後、医師から検査時の画像をお見せしながら検査結果の説明を行います。ピロリ菌の検査や、組織検査などを行った場合は、最終の診断結果が出るまでお時間を要する場合がありますので、必要時ご案内します。
バリウムを飲んで胃の形や粘膜の凹凸をX線で撮影する検査です。現在も一部の自治体や職場の胃がん検診で用いられており、進行した胃がんの発見に関しては、胃カメラと同程度の検出力があるとされています。一方で、「早期胃がん」の発見率は、胃カメラ検査と比べると大きな差があることが分かっており、粘膜表面のわずかな色調変化や平坦な病変を見つけるには、やはり内視鏡検査が優れています。また、食道や十二指腸の診断にも不向きです。
胃がんと診断された後は、がんの広がり(病期・ステージ)を評価する検査が必要になります。
必要に応じて、これらの検査結果を組み合わせて、ステージングをした後に最適な治療方針が検討されます。
胃がんの「ステージ(病期)」は、主に次の3つを組み合わせて決められます。
これらを総合して、日本胃癌学会の胃癌取扱い規約に基づき、ステージI〜IVに分類します。ステージが進むほど、病変が広がっている状態を意味します。次のようなイメージで捉えていただくと分かりやすいです。
| ステージ分類 |
ステージ I:ごく早期〜初期の胃がん がんが粘膜〜粘膜下層の浅い範囲にとどまり、リンパ節転移がないか、あってもごく限られる状態。条件を満たせば内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)などの内視鏡治療で胃を残せることも多く、手術となっても5年生存率が非常に高い段階です。 ステージ II:ある程度進んだ胃がん(リンパ節転移が出始める段階) がんが筋層以深に達していたり、近くのリンパ節に転移を伴うことが多い状態。外科手術(胃切除+リンパ節郭清)が必要となり、状況に応じて術後の抗がん剤治療が追加されます。 ステージ III:さらに進行した胃がん がんが胃の外側近くまで達していたり、より広範なリンパ節転移を伴う状態。手術だけでは再発リスクが高く、手術+術前・術後の抗がん剤治療を組み合わせた治療が検討されます。 ステージ IV:切除不能・再発を含む進行胃がん 肝臓や肺、腹膜などの遠隔転移(M1)や、手術で完全に取り切れない広がりがある状態。この段階では、抗がん剤・分子標的薬・免疫チェックポイント阻害薬などによる薬物療法が中心となり、根治というよりも延命や症状緩和を目的とした治療の比重が大きくなります。 |
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見つかったタイミング(ステージ)で、その後の治療の重さや期間が大きく変わってしまうため、「症状が出てから」ではなく、症状がない段階からの定期的な胃カメラ検査で、できるだけ早いステージで見つけることが重要です。
胃がんの早期病変は、胃炎と見分けがつきにくいごくわずかな色調変化や凸凹として現れることが少なくありません。そのため、いくら高性能な内視鏡を使っても、胃カメラを行う内視鏡医の知識や経験、技術の差によって早期胃がんの発見率は大きく異なります。このことから、「いかに見落としを減らすか」が大きな課題とされています。
近年は、内視鏡画像をAI(人工知能)が学習し、胃がんの可能性をリアルタイムに示す診断支援ソフトウェアが開発・実用化されつつあり、内視鏡医をサポートする新しいツールとして期待されています。
AI(人工知能)というと、「全部AIが診断してくれる」というイメージを持たれる方もいますが、実際にはそうではありません。AIは、内視鏡画像を学習し、病変の可能性がある箇所や見落としの可能性のある領域を教えてくれる補助的なツールであり、最終的な診断や治療方針の決定は、あくまで内視鏡専門医が責任を持って行うのが基本です。AI診断支援を活用することで、特に非専門医の病変発見率の向上が期待できますが、専門医の診断能には及ばないのが現状です。
私はがん研有明病院勤務時より(株)AIメディカルサービスと協力し、胃がんの発見を補助するAIの研究に携わっています。2018年にはAIを活用し、胃がんを検査中にリアルタイムで診断する診断支援技術を世界で初めて報告しするとともに、同社が2024年に発売した「内視鏡画像診断支援ソフトウェアgastroAI-model G」が厚生労働大臣より製造販売承認を取得するにあたっての根拠資料の論文執筆及び協力実績もあり、より見落としの少ない胃がん診断の普及にも力を入れています。当院では持続的な投資を通じて、最新の消化器内視鏡技術と診療装置を導入し、患者様に最高品質のサービスを提供することを理念のひとつとするとともに、国内有数のがん専門病院であるがん研有明病院への非常勤勤務も継続することで、常に専門知識をアップデートしながら、エビデンスに基づいた医療情報を患者様に還元できるよう努めております。
胃がんの治療法は、がんの進行度合いに応じて選択されます。以下は主な治療方法です。
リンパ節転移の危険性が極めて低いと推定される早期の胃がんに対して適用されます。この治療法では、特殊な内視鏡器具を用いて、病変部分を一括切除します。この治療法により根治が得られた場合は、高い長期生存率が見込めますが入院治療が必要となるため、提携している経験豊富な専門の医療機関へご紹介します。
内視鏡治療の適応外となる早期胃がん、あるいは進行胃がんでは、胃の一部または全部を切り取る外科手術が必要です。胃がんのできた位置により「幽門側胃切除術」と「胃全摘術」のいずれかが行われることが一般的ですが、医療機関によっては極力胃を温存する「噴門側胃切除術」や「胃局所切除術」などの特殊な術式がとられる場合もあります。最近では、医療技術の進歩に伴い、腹腔鏡手術やロボット手術などのより身体への負担が小さい手術法が主流になっています。
胃がんのステージによっては、手術後の再発を抑制する目的で行われる補助的な化学療法(抗がん剤治療)が行われる場合があります。これにより手術を単独で行った場合よりも長期的な治療成績が向上することが示されています。また、何らかの理由で手術を行うことができない場合には、化学療法のみを行うこともあります。
いずれの治療法においても、入院治療が必要となるため、胃がんが発見された場合には速やかに提携している経験豊富な専門の医療機関へご紹介させていただきます。
初期の胃がんには特有の症状がありません。そのため、症状が現れる前に定期的な胃カメラ検査を受けることが重要です。
高塩分食が胃がんのリスクを増加させる可能性が示されています。反対に野菜や果物の積極的な摂取は胃がんのリスクを減少させるとされています。ただし、食事が胃がんに与えるリスクは全体的な比率から見ると小さく、ピロリ菌の除菌や禁煙の方がより重要です。
早期の胃がんは根治率が非常に高いです。一方で、がんが進行し転移を起こすと、生存率は著しく低下するため、早期発見・早期治療が非常に重要です。
進行胃がんの場合はバリウム検査でも胃カメラと同等に検出可能です。早期の胃がんは、粘膜のわずかな変化から始まるため、バリウム検査での検出力は胃カメラ検査に劣ります。
遺伝性の胃がんも存在はしますがごく稀で、多くの胃がんは遺伝しません。ただし、ピロリ菌が家族内感染することにより、親子間で同様の胃がんリスクを負う可能性はあります。大腸がんや大腸ポリープは遺伝性が高く、注意が必要です。
胃がんが進行した場合、げっぷやおならといった症状が出現する可能性はあります。
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