機能性ディスペプシア
機能性ディスペプシア
機能性ディスペプシアは、検査で目に見える異常がないにも関わらず胸焼けや腹痛、お腹の張りなどの症状が現れる病気です。腹部の症状があって消化器内科を受診する方の中で最も一般的な病気で、類似の疾患である過敏性腸症候群と合わせると約半数を占めます。
機能性ディスペプシアの世界的な定義にはローマ基準というものが用いられます。これによるとEPS(Epigastric Pain Syndrome:心窩部痛症候群)と呼ばれるみぞおちの痛みと焼けるような症状、PDS(Postprandial Distress Syndrome:食後愁訴症候群)と呼ばれる食後のもたれ感と少し食べるとすぐお腹いっぱいになってしまう症状の4つが主たる症状として示されています。
ピロリ菌の感染状態にある方の機能性ディスペプシア症状は、除菌治療をすると一定の割合で改善・消失することがわかっています。ピロリ菌陽性の場合、まずは除菌治療が行われます。除菌成功後も症状が変わらない場合は、ピロリ菌陰性の機能性ディスペプシアと同様の治療が行われます。
機能性ディスペプシアの原因は単一ではなく、様々な因子が複雑に絡み合って発症するものと考えられています。
機能性ディスペプシアの原因として一般によく知られているのはストレスです。現在感じているストレスだけでなく、幼少期から思春期にかけて経験した大きなストレスも症状の発生に関与している場合があります。さらに、無自覚でも脳が感じる微細なストレス、いわゆる「マイクロストレス」も近年の研究で注目されています。
胃は本来、非常に伸縮性に富んだ臓器で、空っぽの状態では握り拳2個分程度の大きさですが、食事に応じてその容積は約20倍にまで膨らみます。この機能が障害を受けることを「適応弛緩障害」と呼び、少し食べただけですぐお腹いっぱいになってしまうような症状が出ます。
さらに、食べたものが胃から十二指腸へ送り出される過程がスムーズに行かず、胃内に食べ物が留まる「排泄遅延」によっても胃もたれ症状などが生じます。
ストレスや高脂肪食、刺激物、カフェイン、アルコールなどの摂取が胃酸分泌を過剰に促すことがあります。健康な人でも、人工的に胃酸を増やすと症状が出現することが知られており、胃酸過多は機能性ディスペプシア症状の一因となります。
機能性ディスペプシアの方は、内臓が知覚過敏状態になっているため、同じ胃酸刺激があった場合でも、より症状を強く感じることが特徴です。
細胞レベルの炎症が機能性ディスペプシアの症状を引き起こしている場合もあります。また、一部には食物アレルギーが関与しているという説もあります。
通常、感染性胃腸炎の症状は一時的ですが、感染が収まった後も症状が持続する場合は感染性胃腸炎後機能性ディスペプシアを疑う必要があります。
近年「脳腸相関」という言葉が一般に定着してきましたが、胃腸の働きと自律神経は密接な関係があります。リラックス状態では副交感神経が優位になり、消化活動は活発化します。
一方で、ストレスが多い状態や過緊張状態では交感神経が優位になり、消化が進みにくくなります。過度なストレスや不規則な生活、睡眠不足などによって、自律神経のバランスが崩れることにより、機能性ディスペプシアの様々な症状を引き起こします。
機能性ディスペプシアの治療において基本となるのは、生活習慣の改善です。睡眠時間の確保やストレスの管理は、軽度の症状を持つ患者においては特に効果的であり、これだけで症状が改善または消失することもあります。定期的な運動やバランスの取れた食事も重要です。
胃酸過多は症状の一因であるため、胃酸分泌を抑える薬を用いることで症状の緩和が期待できます。また内臓知覚過敏状態にある方にも有効です。
胃・十二指腸の運動機能異常にアプローチする薬です。アコチアミドが機能性ディスペプシアの病名に対して保険適用が認められている唯一の薬で、胃の動きを正常化し、食べ物の消化と排泄を促すことで症状を軽減します。
ただし、アコチアミドは胃カメラを受けた後にしか保険適用されないなど、処方の制約があり、類似の作用を持つ薬として、モサプリドクエン酸塩や六君子湯などが用いられる場合もあります。
機能性ディスペプシアの症状はしばしば精神的な要因によって悪化するため、一般的な治療薬で改善が乏しい場合は抗不安薬や抗うつ薬を使ったアプローチが必要となることがあります。また、治療には心療内科でのカウンセリングや心理療法の併用が有効な場合もあり、この場合は適切な医療機関を受診していただきます。
機能性ディスペプシアは厚生労働省の定める指定難病には含まれていません。症状が重い場合、休職される方もいらっしゃいますが、機能性ディスペプシア単独の病名において休業補償給付の対象とはなりません。
機能性ディスペプシアが100%治る特効薬はありません。ある程度の症状改善が得られたら、病気とうまく付き合っていくことも時には重要です。症状が重い場合は、内科的な治療にとどまらず、より多面的なアプローチが必要となる場合もあり、その際は適切な医療機関へご紹介します。
十分な睡眠時間を確保することや、なるべくストレスを溜めないこと、規則正しい生活リズム、禁煙などが症状改善に有効な可能性があります。
高脂肪食、刺激物、カフェイン、アルコールなどの胃酸分泌を促進する食べ物は症状を悪化させる場合があります。また、機能性ディスペプシアと類似の症状を呈する場合がある「SIBO(シーボ:小腸内細菌異常増殖)」や「IBS(過敏性腸症候群)」においては低FODMAP(フォドマップ)食が有効な場合があります。
FODMAPとはFermentable(発酵性の)Oligosaccharides(オリゴ糖)Disaccharides(二糖類)Monosaccharides(単糖類)
And(&)Polyols(糖アルコール)の頭文字をとったもので、腸内で発酵してガスを発生し、症状の原因になる可能性のある食品群です。
適度な運動を行うことは、ストレス緩和や精神面の向上から症状改善に働くことも期待でき、積極的に行うことをお勧めします。ただし、過度な運動は逆効果となる可能性もありますので、適度な運動量と強度にとどめましょう。
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