過敏性腸症候群
過敏性腸症候群
過敏性腸症候群は、検査で目に見える異常がないにも関わらず腹部の不快感を伴う便秘や下痢、もしくはその両方を繰り返すような症状が現れる病気です。
上部消化管の症状を主体とする「機能性ディスペプシア(FD)」と、下部消化管の症状を主体とする「過敏性腸症候群(IBS)」とを合わせて機能性消化管障害(FGIDs:functional gastrointestinal disorders)と呼び、腹部の症状があって消化器内科を受診する方の約半数がこの疾患群に該当します。
過敏性腸症候群の世界的な診断基準としてローマ基準というものが用いられます。これによると、「腹痛(もしくはそれに準ずる腹部不快感)が、最近3ヶ月の中の1週間につき少なくとも1日以上あり、その腹痛が、①排便に関連する、②排便頻度の変化に関連する、③便形状(外観)の変化に関連する3つの便通異常のうち、2つ以上の症状をともなうもの」と定義されています。
簡単に言い直すと、便秘や下痢など排便の回数や形状の変化を伴う腹痛(もしくはそれに準ずる腹部不快感)があって、その腹痛が排便によって改善する症状が週に1回以上見られる、というのが過敏性腸症候群の症状であり、診断基準です。具体例については下記の「過敏性腸症候群の種類」の項目で解説します。
過敏性腸症候群として一般に認知されているのは、下痢型もしくは混合型です。下記のような症状がある場合は下痢型過敏性腸症候群もしくは混合型過敏性腸症候群が疑われます。
便秘型の過敏性腸症候群は、通常の慢性便秘と区別するのが非常に難しいです。休みの日は快便なのに、仕事のある日は便秘、などといった方は便秘型過敏性腸症候群の可能性があります。
過敏性腸症候群の原因は単一ではなく、様々な因子が複雑に絡み合って発症するものと考えられています。
過敏性腸症候群の原因として最も重要なのが「脳腸相関」です。腸は第2の脳とも呼ばれるほどで、脳の働きと密接な関わりがあります。ストレスや緊張、抑うつ、過興奮などで自律神経やホルモンのバランスが崩れることで、胃腸の不調を生じます。
同じ双子でも片方の子が過敏性腸症候群の場合に、もう片方の子が過敏性腸症候群を持つ割合は二卵性双生児よりも一卵性双生児で明らかに高いことより、環境的な要因以外にも遺伝的な要因が関与することが明らかになっています。また、母親の症状が子にも発症しやすい傾向にあります。
通常、感染性胃腸炎の症状は一時的ですが、感染性腸炎後に7〜30%程度の確率で過敏性腸症候群を発症することがわかっており、感染が収まった後も症状が持続する場合は感染性胃腸炎後過敏性腸症候群を念頭に治療にあたる必要があります。
過敏性腸症候群の診断には「検査で目に見える異常がない」ことを確認することが重要です。過敏性腸症候群そのものは症状が強い場合でも命に危険が及ぶことはありませんが、大腸がんや炎症性腸疾患などの病気が背景に隠れていて同様の症状が出ていた場合は、早急な治療が必要です。血液検査などでは残念ながら診断できませんので、大腸カメラ検査によって大腸の内部をしっかり確認することが診断の上では欠かせません。
症状が軽い場合、睡眠時間の確保やストレスの管理などの生活習慣に気を配るだけで症状が改善または消失することもあります。定期的な運動やバランスの取れた食事も重要です。
特に腹部の張りが強い場合は、低FODMAP(フォドマップ)食への切り替えが有効な場合もあります。Fermentable(発酵性の)、Oligosaccharides(オリゴ糖)、Disaccharides(二糖類)、Monosaccharides(単糖類)、And(&)、Polyols(糖アルコール)の頭文字をとったもので、腸内発酵でガスを発生し、お腹の張りの原因になる可能性のある食品群を避ける方法です。
過敏性腸症候群の方は、大腸の中の水分コントロールに不具合があって便秘や下痢症状を出すため、この水分をコントロールするように働く薬剤があります。便秘型・下痢型いずれにも使用可能なポリカルボフィルカルシウムと呼ばれる合成高分子化合物と、下痢型の治療に特化したラモセトロン、便秘型に特化したリナクロチドが主に使用されます。
腸内環境を整える目的で、整腸剤が処方される場合があります。
過敏性腸症候群で効果不十分の下痢症状に対しては、腸管運動抑制薬や収斂薬、吸着薬などといった一般的な下痢症状に用いる薬剤を使用する場合があります。
腹部症状を改善する目的で症状に合わせた漢方薬を使用する場合があります。
過敏性腸症候群の症状はしばしば精神的な要因によって悪化するため、一般的な治療薬で改善が乏しい場合は抗不安薬や抗うつ薬を使ったアプローチが必要となることがあります。
また、治療には心療内科でのカウンセリングや心理療法の併用が有効な場合もあり、この場合は適切な医療機関を受診していただきます。
過敏性腸症候群(IBS)の症状がある場合、まずは消化器内科を受診するのが一般的です。腹痛や下痢、便秘などの症状が続く場合は、専門医による診察と必要な検査を受けることで、本当にIBSの症状なのか?他の病気は隠れていないか?を含めて、正確な診断を得ることが最重要事項と言えます。
また、IBSと診断がつき治療を開始した後に、症状が重くなかなか改善が見られない場合には、心療内科や精神科の併診が有効なこともあります。これらの科では、カウンセリングや薬物療法を含めたストレスのコントロールや心身のケアを行右ことで症状緩和に向けたアプローチをしてくれます。
過敏性腸症候群(IBS)は適切な治療と生活習慣の見直しによって、症状をコントロールすることが可能です。IBSは「体質」と呼ぶのに近い疾患なので、「下痢をしやすい」「便秘をしやすい」などの生まれ持った性質までは変わらないことが多いですが、症状を軽減させ、日常生活に支障をきたさない状態を自身でコントロールできるようになることを目指すことが治療の目標(ゴール)となります。
症状の改善には時間がかかることもありますが、焦らずに医師の指導を受けながら取り組むことが重要です。単に処方された薬を飲むだけではなく、疾患を正しく理解し、食事内容の見直しやストレス管理なども適切に組み合わせることで、多くの患者さんが症状の軽減を実感しています。
ストレスは、過敏性腸症候群(IBS)の症状を悪化させる主要な要因の一つです。特に、緊張や不安を感じると腸の動きが過剰になり、その結果、腹痛や下痢を起こす場合や、反対に腸の動きがピタリと止まってしまい、便秘になる場合、または便秘や下痢を不規則に繰り返す混合型のIBSも存在します。これは、脳と腸が密接に連携している(脳腸相関)ためであり、ストレスが腸の機能に直接的な影響を及ぼすと考えられています。
症状を軽減するためには、リラクゼーションやストレス管理が有効です。具体的には、ランニングやストレッチなどの運動習慣は症状改善に役立ちますし、ヨガや深呼吸といったリラクゼーションが有効な場合もあります。
また、忙しい現代社会において、ストレスをゼロにすることはほとんど不可能と言っても過言ではないように思いますが、ある意味でいい加減(楽観的)な性格の方が、経験上、早く症状が改善します。一方で細かい性格の方や、神経質に悩まれる方は、より症状の改善に時間がかかる傾向にあります。
過敏性腸症候群(IBS)の症状は、特定のタイミングで悪化することがあります。例えば、朝起きた直後や食後に症状が現れる人が多くいます。また、重要な会議や試験前といった精神的に緊張する場面でも、腹痛や下痢などの症状が悪化することが知られています。これは、ストレスや緊張が腸の動きを過剰に刺激するためと考えられています。
注意すべき点として、IBSと類似した症状を引き起こす他の要因も存在します。例えば、乳製品摂取後に下痢を引き起こす乳糖不耐症や、脂っこい食事が原因で下痢が起こる胆汁性下痢があります。また、飲酒習慣のある人に見られるアルコール性の下痢や便秘も、IBSと誤解されることがあります。
症状が悪化するタイミングには個人差がありますが、自分の体調の変化を記録し、悪化しやすい要因を特定することができれば、事前に対策を講じることも可能となります。
過敏性腸症候群には遺伝的要因の関与が知られていますが、環境要因や生活習慣などの要因が重なった場合に発症すると考えられています。
症状にもよりますが、軽度の症状であれば、薬を使わなくても日常生活に支障がないケースも多々あります。一時的な下痢止めや下剤使用で落ち着く場合は、特に問題ありませんが、症状が長引く場合は一度専門の医療機関を受診するのが良いでしょう。
特に下痢型もしくは混合型の過敏性腸症候群の場合、アルコールや香辛料の強いもの、高脂肪食品などは症状を悪化させる可能性があり、避けた方が良いでしょう。反対に便秘型の場合は、高FODMAP食と呼ばれる発酵性の食品群を避けることをお勧めします。
電車に乗る前や、テストが始まる前に一度トイレに行っておくと安心感が得られます。また、「これさえ飲めば症状が落ち着く」とわかっている治療薬が手元にあると、いざという時に安心ですので、日々の生活にお困りの方や、大切なイベントを控えている方は一度ご相談ください。
過敏性腸症候群は生活習慣と密接な関わりがあります。睡眠時間の確保やストレスの管理、規則正しい生活、定期的な運動などを心がけ、メンタルヘルスを保つことが重要です。
海外に限らず、旅先など慣れない環境下では、過敏性腸症候群(IBS)の症状を心配される方も多いです。その一因として、予期不安が挙げられます。予期不安とは、「トイレにすぐに行けない環境下で症状が出たらどうしよう」といった想像により掻き立てられる不安のことで、これが腸の働きに影響を与え、実際に症状を悪化させる場合があります。
また、海外では特に食事や水の変化も症状に影響を及ぼす場合があります。特に下痢型IBSの方の場合は、脂肪分の高い食事や香辛料の多い料理、生水の摂取などには注意しましょう。
ただし、不安ばかりでせっかくの旅行が楽しめないのはとても残念です。事前に医療機関を受診し、常備薬を忘れずに持参し、旅先で症状が出たときにすぐ対処できるよう準備しておくと安心です。また、事前に滞在先周辺のトイレの場所を確認しておくと、急な症状にも対応できます。旅行を楽しむためにも、事前の準備をしっかり行い、無理のない計画を立てることをおすすめします。
過敏性腸症候群(IBS)の症状緩和には、温かいハーブティーがおすすめです。例えば、カモミールティーは消化を助けるとともに、リラックス効果が期待できます。また、ペパーミントティーは腸の動きを穏やかにする効果があり、腸の過剰な運動を抑制して腹痛やガスの軽減に有効な場合があります。
一方で、過剰なカフェインを含む飲み物(コーヒー、エナジードリンクなど)は、腸の動きを刺激し、症状を悪化させる可能性があるため避けるべきです。また、冷たい飲み物よりも温かい飲み物の方が、腸への刺激を抑えやすいとされています。飲み物を選ぶ際には、自分の体調や症状に合ったものを試しながら、適量を心がけることが大切です。
過敏性腸症候群(IBS)は、男性よりも女性に1.2〜1.6倍程度多いとされています。その理由は完全には解明されていませんが、ホルモンバランスの変化が関与している可能性が指摘されています。特に、月経前や排卵期など、女性ホルモンの変動が大きい時期に症状が変動するケースが多いです。女性ホルモンの一つであるエストロゲンやプロゲステロンが、腸の運動や感受性に影響を及ぼすと考えられており、これがIBSの症状に関連している可能性があります。そのため、女性の場合は産婦人科でのホルモンバランスの調整などの治療を並行して行うことが有効な場合もあります。
また、症状が一定ではなく、ホルモンの周期と関連して出現する場合には、内服薬を常用せずに周期に合わせてコントロールされている方も多くいらっしゃいます。
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